Posted 2 Jul, 2020

Porsche 911(992) Carrera S (8DCT)

エンジニアリング・レイアウトを妄想する

ここで今、ポルシェの人々が直面している動質のジレンマから抜け出そうとするならば、何よりもまず「箱」を変えるしかないであろう。何より、フロントのサスペンションにストラット形態を使い続けるのであれば、そのストラット頂部マウントの左右間隔がボクスター/ケイマンと同一、という縛りを解消したい。このポイントを動かさずに、タイヤをひたすら広幅化して行くと、接地面におけるスクラブ半径を適正値に収めるためには転舵軸の下端が外に出て行く。つまり車両を正面から見た時の転舵軸の内傾、いわゆるキングピン・インクリネーションが大きくなる。その結果として何が起こるかといえば…。タイヤが路面の凹凸を踏む、あるいは前輪に駆動トルクを加えるなどした時に、車輪まわりに回転モーメント変動が発生する。ここで転舵軸に対して車軸が直角ならば影響は出ないが、キングピンの内傾角の分だけが車軸が直角からずれて転舵軸と交差していると、そこにモーメントが発生する。タイヤが向きを変えようとする回転力が発生するわけだ。これによって舵が取られる。進路がふらつく。ボクスターの設計開発時に最適化したキングピン・インクリネーションの設定と、それに基づくストラット・マウント位置を持つモノコックシェル前部構造を共用しつつ、トレッドを広げたのが996系。そこからさらにタイヤ幅広化を繰り返してきた中で、911はずっとここに問題を抱えている。991から992へ、この車軸-転舵軸の交点に発生する転舵モーメントをどこで受けるか、その影響をどう減らすかに、ポルシェの人々が胃を砕いたことが、何気ないラインコントロールの中でも伝わってくる。

しかしここで、901系まで先祖返りしてフロントの主ばねをコイル・スプリングから(元はと言えば964系で導入されたもの)トーションバー・スプリングに変更してはどうだろうか。ストラットの上部からコイル・スプリングがなくなれば、その分だけキングピンを立てることができる。今日、F1をはじめとするレーシングカーの世界では、搭載スペースの小ささと、そしてばねとしての製造精度など複数の要因からトーションバーが多用されているのだし。

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さらに言えば、901以来993までのモデルでは、主骨格自体が全く異なり、VW type1に起源を持つ強固なバックボーンフレームを基本としていた。996からは、前部構造体からコックピットフロアまではボクスター(本来、オープンボディでしなることが前提の設計)と共通設計のシートメタル構成の「箱」による構成で、+2の後席とその背後のエンジン、リア・サスペンションを受ける構造体が専用設計となる。そこから脱して、最強のタイヤを履いて運動限界が世界の最高レベルまで到達する、その入力と荷重を受け止めることを最初から考えた、そしてリアオーバーハングの低い位置にエンジンを置くための、新しい骨格とはどんなものであるべきか。

この何年か、そして今回も、911を味わいつつ、そうした「今の制約から解き放たれる」ような911のエンジニアリング・デザインを思い浮かべ、一人であれこれ考えてしまう。脳内ゲームとしてはなかなかに楽しい。

今回の試乗車両はRHD、いわゆる右ハンドルだったが、基本レイアウトの話のついでに、これについて一言書き置く。このモノコックになって、とくに991、992と、細部の形状や仕上げに手を入れ、内張りひとつ見てもギリギリまでアクセルペダルを踏む右足のスペースを作ってはいるが、それでもシートに正対したスタンスを取って両脚を自然に伸ばし、右足をアクセルペダルに置き、踏み込むと、靴の側面外側、小指からその付け根にかけての部分がホイールアーチの内装に擦れる。アクセルペダルそのものはもう少し中央寄り、つまり左にオフセットして置かれているので、これに足の裏を合わせて置けば、靴は擦れないものの、右の大腿部から膝、足までがわずかに左へオフセットした姿勢になる。ある程度の時間をこの右脚の姿勢で、アクセルワークにはデリカシーを十分に、というドライビングを続けると、右腰の大腿骨上端関節が骨盤に入るところの後ろ側に張りが出やすい。一般の人だとデリケートなアクセルワークもちょっと難しくなりそう。

ここで付け加えるなら、シートは最近の「スポーツ系ルックス」のデザインと形状であって、各部の支持点はそう大きく外れてはいなにので、それなりの姿勢保持性は持っている。しかしかつての、振り返ればひと昔、ふた昔前ということになってしまうが、一見「何でもない」ポルシェのシート、ヘッドレスト一体型で肩関節の動きを妨げないようにその部分を削って「撫で肩」になったシートバックを持つ、あの時代のシートが実現していた身体の裏側全体への自然なフィット、しかも相当に高い横Gに対しても骨盤をしっかり支えて身体が落ち着いたままでいられる、あの感触を記憶の中に探してしまった。

パワーパッケージ

パワーユニットに関しては、さすがにそれらしく躾けられている。

アクセルペダルのストロークを少し深めまで踏み込んで、とくに2000rpmを越えるところからは余裕駆動力がぐっと厚みを増し、エンジン回転が一気に上昇、それとともに車速もみるみる伸びてゆく…というゾーンにおいては文句があろうはずもない。その先、このパワーユニットの持てる力を解放することは、世界のほとんどの場所において、一般道では不可能に近い。まぁこれは、こうした今日のパフォーマンス・カーの全てに共通することだが。

運動部品の重量精度の選択合わせ込みに始まり、組み立て完了後には全機ホットベンチ(“火を入れ”、負荷をかけて台上運転する)でフルパワー確認も含めてランニングインされてから車両に搭載するというポルシェ流儀によって、最初からビシッと回るエンジン本体は、水平6気筒形態ならではの力学的バランシング、すなわち余分な揺れ回りがない中にを感じさせない一方で、2回転に6発の燃焼圧力を体感させるビートを歯切れ良く刻む。996で水冷化されて音とリズムが大きく変わり、そこからだんだんに排気量が大きくなってきた中でこの燃焼圧力のビートも強まってきた。それを受け止め、さらに後軸まわりに発生する時に強大な駆動反力も受け止めるエンジンマウントもしっかりしていてかつしなやかさがあり、エンジンの内部や周辺で起こりやすい、クルマを走らせる動きとは別の雑振動は伝えてこない。エンジントルクがタイヤに伝わって起こる蹴り出し感もダイレクトである。

私にとってはそれ以上に、少し重めの反力を持つアクセルペダルに足を置き、指先で5mm、7-8mm、10mmと動かし始めたところから、その足の動きに合わせて小さなトルク増加があるべき量で現れる、その感触のほうが意味を持つ。「これぞ、レスポンス」というこの感触が、まずは「ポルシェに乗っている」という実感を伝えてくるものである。ただ、走行モード「ノーマル」では、その先で少し深く、速くアクセルペダルを踏み込んだ領域に入ると、基本的に吸入空気量が増えてきてトルクが厚みを増す、という反応に感じられる。それはそれで当然のことなのだが、そこでのアクセルの動きとトルク増加の関係からすると、アクセルペダル・ストロークの始まりのところに、燃料噴射量で作る(はずの)微小レスポンスの表現を集中させすぎた感じもする。右足の感度が少し粗いドライバーだと、アクセル操作力の重さもあって、最初に10~15mmほどまで一気に踏んでしまいそうで、そうなるとこのレスポンス感度の高いゾーンのデリカシーを使い切れず、最初からグイッとクルマが押されてしまう。そこでさらに踏みたくなるようだと、都市内の一般的な道路でも耳を叩く排気音とともにけしてお上品とは言えない加速を演じることになりそうだ。

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吸入空気量がある程度増えてからの、ということは3000rpm前後から上(なかなかそこまで使うシチュエーションは現れないが)のエンジン回転域では、アクセル操作とスロットルバルブの動き、そこで現れる吸入空気量の増減がきれいにシンクロしている感触で、右足の動きを正確に、しかもちょっとだけ柔らかく表現するようなトルクの増減が現れる。この回転速度域では、アクセルペダルの踏み込み量が小さい状況、つまりパーシャル(過渡)状態で、例えば定常円的旋回のバランス・スロットルでの、そしてそこからの微妙なトルクコントロールもきちんと現れる。

この系列になってからの911標準モデル系のエンジンとしては、997型の最後のポート噴射仕様が、今でも「レスポンス」としては全域で最良だったと記憶するが、ここへ来て直噴の使いこなし、つまり「どのタイミングで、どのシリンダーに、どれだけの燃料を噴くか」の、排ガス・コントロールも含めたチューニングのロジックとノウハウがだいぶ進化してきた印象。その一方で、これだけ排気量が大きくなるとやはりエンジン内部の運動部品の総重量も増加し、回転慣性質量すなわちフライホイールマスもそれなりにあることが、回転の上昇・下降のリズムの中に現れている。もちろん同様の排気量やパフォーマンスを持つほとんどのロードカー用エンジンよりは「軽い」ことは確かなのだが、その昔の2~2.4L時代を引き合いに出す意味はないにしても、3L前後だった時代の、燃焼以前に回っているものが軽く、往復運動が軽さによってもバランスしていることを体感させる「切れ味」を、あれはまた他では味わえないものだったと、改めて思い出したりするのではある。

それはともかく、少なくとも、この日常領域、ということはアクセルペダルの踏み始めから10mm程度の、微細にして、しかしそれなりに強力なトルク変化を生み出すエンジンの「レスポンス」をコントロールできるようになることが、今日の「ポルシェ乗り」を目指す上では最初のトレーニングになりそうだ。

今回のトランスミッションはZFが供給するDCT、10年あまり前の導入期には7速だったが、今は8速化されたユニットであって、こうしたエンジン・レスポンスはほぼダイレクトにリアタイヤへと伝わっていく。

さすがにDCTの躾けも良く、エンジン・インターナルから歯車間の変速機構までの回転慣性質量はそれなりに大きいはずだが、とくにアップシフトではシームレスに近いきれいな変速を見せる。ダウンシフトでは、もともとのシフトプログラムがおそらくは高速からの一気に速度を殺すようは減速にまで対応するべく組まれているはずであり、さすがにそれに近づくリズムの減速&ダウンシフトでは、ブリッピングの回転も吹き上がったところがピタッと次の変速段の回転速度に合わせ込まれ、そこでクラッチ摩材が“当たる”瞬間に若干の回転慣性の存在を感じさせる間はありつつも、もちろん人間が操るよりも格段に巧みな変速を見せる。

強いて言えば、日本の市街地などでクルマの流れが遅い中で、あるいは細街路などでの細かな加減速の中で、アクセルペダルの小さな踏み/戻しとタイミングが合わなかった時など、クラッチが切り替わる瞬間だけ若干ぎくしゃくすることもないわけではない。ほとんど気にならないが。