Posted 16 Jun, 2020

Honda N-WGN

転舵軸の3次元ジオメトリー
 

これらの状況と現象から考えると、前輪舵角が深くなってゆくとあるところで(もちろん、通常の車両運動で使う範囲内から)、旋回外側前輪でタイヤの対地キャンバーがポジティブ側に倒れる動きになっている可能性が浮かび上がる。そうなる設計要因としては、キングピン(転舵軸)の車両正面視における内傾角が大きすぎるのではないか。これによって転舵角が増すにつれてポジティブ側へキャンバー変化が起こる。これをキャンセルするにはキャスター角を増やす手があるが、FF車の場合、転舵軸が外側ドライブジョイントの中心を通る必要があるので、キャスターを増やすとトレールも増えてしまうので、キャスター角はそれで制約され、大きくしても3~4度。

サスペンション設計の本来のアプローチとしては、マクファーソン・ストラット形態の場合、アッパーマウントをできるだけ外側に持ってゆくことでキングピン傾角を立てるのだが、タイヤとコイルスプリングの干渉を逃げるなど、車両レイアウト側からはアッパーマウントは内側に持っていきたくなる。ここから接地面内のタイヤ回転面中心、あるスクラブ半径の位置に向けて転舵軸を引くので、どうしても内傾角が増える。これに対してキャスター角で多少なりともコンペンセートしようかなど、トレールも含めた「転舵軸の三次元幾何学」を徹底的に考えて、タイヤのアライメント変化はもちろん、転舵モーメントの発生と変動、すなわち舵感など、多くの要素を最適化しよう、という「詰め」が続く。

この「空間パズル」をどこまで攻められるか、が前輪まわりのレイアウトとジオメトリー設計の要諦なのだが、なぜかホンダは2000年頃、インテグラDC5他でダブル・ウィッシュボーンからマクファーソン・ストラットに戻した時から、このキングピン内傾角、キングピン・オフセット(前輪中心におけるタイヤ回転面と転舵軸の横距離)、バンプステアなどの重要設計要件に驚くほど無頓着であって、それが今に受け継がれている印象が強い。

さらに下り勾配では荷重が前にかかり、このクルマぐらい重心が高く、ばねが柔らかいと、車体の対路面姿勢で見ると前が明らかに沈む。するとキャスターが減り、トレールも減る。つまり同じ転舵量でもキャスターによる対地キャンバーの増加(旋回外側輪ではネガティブ側へ)も減るのであって、その状況でキングピン内傾角による対地キャンバー減少(ポジティブ側へ)の補正量も減り、ポジティブ・キャンバー側へ。それ以前に、ストラット形態のロール=キャンバー変化特性は、旋回外側輪ではロール角が増える(車体が沈む)につれて、ロワーアームが正面視で路面水平よりも車体側が低くなるストローク領域に入ると、ロールに対するキャンバー変化がポジティブ(外傾斜)側に転換する。このクルマが旋回の中で車体姿勢変化が起こった先のあるところで、フロントの踏ん張りが弱まるのは、こうしたジオメトリー変化が元にありそう。実際にクルマと対話しつつそんな推論を組み立てた。

もちろん、サスペンション設計者たる者、そこまで考えを巡らせてリンク配置やジオメトリーを3次元空間の中で構築しなければならないのである。しかしここで述べた挙動一点だけ取っても、このクルマの、ということは現行ホンダ軽乗用車群のサスペンション設計に、そこまでの思考深化が織り込まれているとは考えられない。

付け加えるなら、ハブのアライメント保持剛性も高くはなさそう。すなわち接地面に発生する横力が増加すると、外側輪では車軸に対して接地面を内側に引き込むモーメントが加わる。先ほどの0.4G+ちょっと下り勾配の旋回でも、外側前輪の接地面には粗い計算で150kgかそれ以上の横力が加わるはずだ(1名乗車想定)。ハブベアリングはただ回転していればいいわけでなく、こうしたモーメント、さらに路面凹凸を踏む大小の衝撃力も受け続けている。したがってベアリンゴそのもの、その支持構造体(ハブキャリア)、そしてストラットまでの剛性に弱い部分があれば、旋回外側輪ではその分だけ車輪全体が旋回外側に倒れる。つまり対地キャンバーがポジティブ側に倒れるのである。

トーションビーム方式のリアサスペンションのほうは、トレーリングアームのピボット揺動軸が、現実の運動の中では机上図検討のような動きにはならない「横力トーイン」を狙って、車体中心線に対して直角な線からかなり斜めの角度(前進角)を付けていること、したがってスムーズな1輪ストロークが出にくく、その一方で横運動時にタイヤの摩擦力を受けると、アクスル全体が旋回外側方向に変位しがちなこと(つまり旋回時にある程度の横Gを発生したところでリアの踏ん張りが低下し、車体横すべり角が増えてゆく)、またリアダンパーが1G荷重状態で少し後傾している(縮み側ストロークで逆プログレッシブ特性となる)ことなど、そもそもの設計の弱点は受け継がれたままである。

まとめに替えて

40km/hあたりまで、タイヤが路面の凹凸を踏んだ「当たり」のピークの角だけ丸めてクニャッと逃がし、それで「柔らかい」と感じさせる。日本の軽自動車の購買客と、彼らが日常的に走る状況、クルマに対する要求度からすれば、そこだけ作っておけば走行感覚としては十分、ということになってしまっているのではないか。それで市場占拠率が伸び、ユーザーからのコンプレインも来ないので、こうしたクルマづくりに対する疑念は、もうホンダの中から消えているのかもしれない。

結局のところ、日本のベーシック・トランスポーテーションをダメにしているのはメーカー自身ではないだろうか。もちろんユーザー・サイドの意識の低さ、知識や体験の体系化不足にも少なからぬ原因がある。「良いもの」「良くないもの」が歴然と存在することも知らず、「良いもの」を選ぶ考えもないことに大きな問題がある、ということだけれども、どこの消費社会であってもユーザーを「マス(総量・総体)」として見た時にはそんなものであり、そこに「より良いもの」を生み出して送り込み、先導することを、造り手側自身が責務であると考えてほしい。その意味では、我々メディアとしてもこれまで何もしてこなかった、何もできなかったことを猛省しなければならない。その思いも込めて、あえて動質のディテールまで踏み込んで語らせていただいている。

走行距離 121.2km 満タンまでの給油量 9.27L 試乗開始時の満タン状態未確認

WORD : 両角岳彦