Posted 31 Jan, 2020

VolksWagen Golf R

パワーパッケージの体感

ゴルフRのドライビングモード切り換えによって現れる「二面性」について、わかりやすいところから話をするならば、まず、アクセル・レスポンスである。

ノーマルモードでは、カタログスペック等においてイメージされる「最も速いゴルフ」を実感させるものではあるが、よくまとまっていて、(アクセルペダルを)踏めば強烈に速い、という実感にとどまる。

焦点を当てるべきはレースモードであって、このモードに切り替えた瞬間、エンジンの行動と表情が一変する。これが先ほどの「二面性」に最も大きく影響する部分ではある。

すなわち、アクセルペダルの動き、例えば3mm、5mmと踏み込む右足の動きに対して、エンジンの燃焼が間髪を入れず強まり、そこから現れる駆動力が、まさに「アクセルペダルを踏む動きどおり」の感覚で強まる。この「レスポンス」こそがこのパワーユニットの最大の特徴だと言える。

すなわち、エンジンの燃焼とそこに生ずるトルクを、ドライバーのアクセル操作に対してどう反応させるか。たとえアクセルオフした燃料カットの状態であってもシリンダーの中には常にポンピングされた空気が存在する。そしてこのエンジンは直噴(シリンダー内直接燃料噴射)なのであって、「そこにある」空気に適切な量の燃料(ガソリン)を噴射し、点火すれば、燃焼による圧力、それがピストンを押し下げることで生まれるトルクが、まずはひとつのシリンダーから立ち上がり、そして次々と燃焼サイクルに入るシリンダーがそれに続く。

簡単な計算では、クランクシャフトが、すなわちエンジンが1800rpmで回っていれば、毎秒では30回転していて、4気筒エンジンなのであれば燃焼サイクルは毎秒60回ある。つまりアクセルペダルの動きを検知してから最短1/60秒後には何らかの変化を発生させることができるし、次の1/60秒、さらに次のサイクルへと、トルクを連続的に変化させてゆける。これこそが「直噴」の強みであって、吸気ポートにガソリンを吹きつけ、それが空気と混じって気化しつつシリンダーに吸入される「ポート噴射(間接噴射)」方式では燃焼発生の遅れ時間が大きく、かつミリ秒レベルの変化は制御不能である。

欧州の自動車メーカーとサプライヤーは、まずディーゼル・エンジンの電子制御直噴、いわゆるコモンレール機構の導入に当たって、アクセルペダルの動きに対して、いつ、どれだけの燃料をシリンダー内に噴射し、どれだけのトルク変化を作るか、という命題に直面した。その蓄積があって、次にガソリン直噴にもこの知見を展開した。アクセルペダルの動きは、スロットルバルブを動かして「エンジンが吸入する空気量」を調節するもの、というそれ以前の定石から踏み出して、アクセルペダルの動きは「駆動力の増減」を求めているのだ、という当たり前の事実を踏まえて、それをどんなニュアンスで実体化するか、を造り込む時代になっているのである。この基本的な人間-機械系のアルゴリズムは、どんな動力源+伝達系を持つクルマでも共通のものとなる。

残念ながら日本の自動車技術界のほとんどは、いまだにこの旧来定石、「アクセルペダルは空気量を、その結果としてエンジン・トルクの変化を作るもの」程度の認識に止まる。じつは、ある研究者たちが「直噴でレスポンスを作る」という可能性に着眼し、実験も進めていたのだが、その意味を理解した自動車メーカーはいない。

この「直噴によるトルク・レスポンス」が市販車のガソリン・エンジンに実装されたのは、2010年代に入るころ、いわゆるダウンサイジング、排気量縮小+ターボ過給による「吸入空気量」で必要な仕事を作るエンジン・コンセプトの出現・熟成と軌を一にする。アクセルペダルの踏み込みに対して、まず直噴による燃料投入、それが生む過渡的なトルクの立ち上がりによって、ターボチャージャーのインペラー加速→吸気量増加→トルク上昇のプロセスへの「つながり」を作り、一般的な加速要求の中ではターボラグを感じさせない、というパワーユニットを実現した。

このゴルフRではさらに、アクセルペダルが動く量とその速さに対して、駆動力の大きさはもちろん、それが時間軸においてどう現れるか、を造り込む、という次元にまで踏み込んだ。アクセル操作のニュアンスに応じて、どのタイミングで、どれだけの燃料を噴き、どんな大きさのトルクを立ち上げ、維持し増やしていくか…それが実に緻密に作り込まれている。その体感から「何をしているか」を理解し、自分たちのエンジン、車両にも展開する動きは、ゴルフR登場後、2、3年してからヨーロッパはもちろんアメリカのメーカーの「元気なクルマたち」にも波及しつつある。もちろん、そのエンジンは直噴であることが必須だが。

しかしこのゴルフRに表現された、最良のディーゼル・エンジンに匹敵するほどのレスポンス(内燃機関としての燃料供給~燃焼の基本原理において、燃焼開始の応答ではディーゼルが優る)に関しては、今のところ他に匹敵するものはない。

そしてこの、レースモードにおけるレスポンスの良さは、何気ないパーシャル(過渡状態)からの軽い「押し出し」に始まり、すなわち定常円旋回に移行した瞬間にコーナリング・ドラッグと釣り合わせるための駆動力投入、いわゆる「バランス・スロットル」への移行と微調整など、わずかな駆動力の増減要求に対してもじつにきれいな形で現れるし、もちろんそこからより深く踏み込めば、スペックに示されたとおりの、強烈な加速に移行する。

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このパワーユニットの、もうひとつ印象的な「個性」。それはエンジンに少しムチをくれ、軽く負荷をかけながら駆動力を強め、加速していく状況において、まるで2プレーン・クランク(180度位相の意)のV型8気筒エンジンのような、パルシブな鼓動とサウンドを吐き出しつつ、非常にコントロール性の良いリズム感とともにトルクの増加が現れること。この鼓動感覚は、一瞬、直列4気筒であることを疑うほどの音と、それに同調して現れるトルク波動である。

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また別の機会に詳説することにしたいが、この2プレーン・クランクの90°V型8気筒、いわゆる「アメリカンV8」が代表する気筒配列とその鼓動(トルクのパルス)こそ、人間にとって「力感」を最も分かりやすい形で実感させてくれるものである。ゴルフRのパワーユニットは、燃焼パルスの一発一発を体感するには不利な180°位相の1プレーン(平面)・クランクの直列4気筒でありながら、2プレーン・クランクのV8に近い鼓動感を作り出している。これについてはまだ、解析しきれていない部分が私としてはある。

基本的に排気音の中に低音成分、低周波成分が多いことから、排気系の背圧をかなり低めに設定していることは想像に難くないが、レースモードにするとさらにこの低音域が強調され、いわゆる「ドスの効いた」響きになり、さらに強めの加速の中でのシフトアップ、アクセルオフ等においてターボチャージャーの過給の高まりからの燃料カット、タービン減速を実感させる「バフッ」という一発の響きを発する。このあたり、いかにも高過給を常用し、量産エンジンから一歩踏み出したパフォーマンス・ユニットであることを意識させる現象であって、思わずニヤリとしてしまう要素ではある。

しかし、エミッション・コントロールが「Euro7」をはじめとしたより厳しい内容へ、同時にテストモードがシャシーダイナモ上の疑似走行からRDEへと移行してゆくこれから、こうしたエンジンを市販製品として世に出すことは、相当に難しかろうと思われる。このようなパワーユニットを持つ存在が、当たり前の大量生産消費財として世に出ることは難しい、という時代を、我々は迎えようとしているのである。

今日の「ドライビングというスポーツ」においては、タイヤとの対話とその摩擦をいかに作り出すか、その結果として現れる車両運動をどう組み立て、コントロールするかに集中したい。その中で駆動力は遅れなく、筋肉の反応を思わせる「力」として存在してほしいのであって、Hパターンの手動変速はその変速操作を行っている時間、すなわち駆動が(減速方向を含めて)「切れて」いる時間がいかにももったいなく、そこで手足を動かしている間の身体反応も含めて、ダイレクトに締結された駆動機構が変速ショックなく、その瞬間、そして次の要求に応じたエンジン回転を選択・維持してくれることが望ましい。もちろん、この瞬間は変速比が固定されていることが絶対条件となる。つまり「トルク切れのない歯車機構変速機」がマストとなる。もはや競技用車両が主要なカテゴリーではほぼ全て、パドルシフトに移行しているのも、これが理由だ。

その意味で、ゴルフRにおいては(ほかの車種のほとんどでも)、DCT(デュアル・クラッチ・トランスミッション:VWの呼称はDSG)が圧倒的に好ましく、またエコ/ノーマル/レースのそれぞれにおいて、変速スケジュールの設定もじつにうまく選ばれている。変速時の駆動切れ、それを減らそうとすれば直面する変速ショックを消すことについては、もともとかなりのレベルにあったが、第7世代ゴルフR最終型においてはギアボックスが6速から7速に変更され、減速比のステップが小さくなったこともあって、一層の洗練を体感している。

ブレーキについては、量産ロードカーの範囲内で他車からぱっと乗り換えても違和感なく踏めるような、踏み始めから遊び領域にかけてストロークが少しソフトに入るようになっているが、その先では摩材のタッチ、そこから踏力に即応して摩擦が、その現れとしての減速度が体感できるものに仕立てられている。もちろん、減速からターンインに移行するところで制動は抜きながら、しかし前輪荷重・後輪抜重状態をどこまで、どのくらい維持しつつ抜いてゆくか、ヨーの立ち上がりに合わせてブレーキをリリースするといったデリケートなコントロールにもちゃんと応える。

さらに、DCT(デュアル・クラッチ・トランスミッション)の場合、当然ながら自動変速によって減速とともにダウンシフトを行うわけだが、日常領域のスムーズな減速の中でこのダウンシフトが起こっても「踏力一定ブレーキ」のコントロールがしやすい。まず動力系でダウンシフト時の意図しない減速度の変動が抑えられていて、ブレーキ系の摩擦にもデリカシーがある、という「仕込み」ゆえである。