Posted 2 Jul, 2020

Porsche 911(992) Carrera S (8DCT)

フットワーク~ヨーと横Gのバランス

高速道路の車線内で横移動するぐらいの動きだと、あるいはカントリーロードでも、ターンインの瞬間の動きを観察していると、さすがにフロントの反応は超偏平タイヤの横剛性・ねじり剛性の高さそのままに速い立ち上がりを見せるが、その先でリアからも同じ方向の横力がかなり早めのタイミングで立ち上がってくる。つまり、まず向きを変える動きを出して、旋回運動へ移行する、というプロセスを切り詰めて、一気に横加速度が立ち上がってくる。作り手として、横方向の運動に関しては、かつてのポルシェ流、今でもボクスターには一段と洗練された形で継承されている「ヨーレイトをどう作るか」よりも横G重視、ヨー共振周波数を高めて早い運動収束を作ろうとした印象を受ける。別の見方をすれば、いつでもステアリングをパッと切り込み、一気に向きを変えようとする運転操作に対応することを重視しているとも言える。これだけのサイズと質量、すなわち運動エネルギーを持ち、それを安直に引き出せるだけのエンジンパワーを持ち、その運動を支えるタイヤグリップを持つ(少なくともドライの舗装路面では)クルマ、しかも速いヨー運動に対しては車両後部の「錘」の存在が無視できないクルマにおいて、何よりもヨーイングをその運動初期から“止める”方向のクルマづくりをせざるをえない。そういう事情が浮かび上がってくるではないか。

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ここでクルマを一度停めて降り、真後ろからその姿を見渡すと、フロントに比べてリアタイヤのトーインのほうが若干大きいように見える。それ以上に、これだけ幅の広いタイヤに目で見ても明かなネガティブ・キャンバーが付けられている。トーインによって派生する直進転動時の横力ももちろんだが、これだけ幅の広いタイヤにこれだけネガティブ・キャンバーをつけていると、キャンバー・スラストがタイヤから車両内側方向に発生し続けている。左右輪が同じ接地状態で転がっている時には両側の横力が逆方向に釣り合って直進しているが、例えば操舵〜横方向の運動が立ち上がってそのバランスが崩れると、旋回運動外側のタイヤの横力が卓越して現れる。つまりフロントの動き出しに対して、向き変え運動によって車体横すべり角が発生する手前から、リアも同じ方向の横力が加わるわけだ。

私の体感を経験知に照らし合わせると、「ちょっと4輪操舵的」。つまり前後輪を同窓に転舵するのが、中高速域で車両の水平方向運動能力の反応の速さと発散限界を高めるための後輪操舵の基本であって、ステアリングを動かしたところからの後輪横力発生のタイミングが後輪アクティブ操舵なみに早く、ヨー運動を待たずに車両全体の横移動、それによる横Gの立ち上がりが体感される、ということ。先ほどの、このブロック最初の体感印象を言い換えただけであるのがおわかりいただけると思う。

こうしてリアタイヤに直進状態から横力を発生させていることから、991系ほどではないが、高速道路などではリアタイヤが踏んだ路面の左右差などによって、ふと気がつくと車線の中で車の位置が端のほうにずれていたり、ヘディング(車体の進行方向)が若干ずれていることが起こる。991系よりもずっとおっとりした変針で、フロントが何かの入力で横ずれする動きもほぼ消えたので、リラックスしてクルージングできるが、その中でラインコントロールを少しサボっていてふと気がつくと…というレベルのズレだが、この現象もリアタイヤのアライメントによる直進転動時の横力発生を裏づけるものだ。

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このリアタイヤの直進時横力は、コーナーへのターンインで向き変えの動きを作るところ、その先で定常円旋回に持ち込み、さらに回り込む、あるいはヨーイングの増減をコントロールしようとするプロセスの中で、前後の荷重配分とその移動に対する反応がかなり鈍く、バランススロットルからの駆動力の微妙な増減に対しても、クルマの運動状態はドシッと落ち着いていて、ヨーイングを変化させる反応につながりにくい。基本的に、タイヤの“あり余る”グリップの上に乗って、フロントの舵角によって旋回の軌跡やヨー&横Gの強度を決める、と言うドライビングに落ち着く。もしかすると、ここがかつてのポルシェの、「ドライビングというスポーツのための道具」であることを実感させてくれた動きと、最も大きく違うところかもしれない。かつての911(993以前)なら、スリップアングルだけでなく荷重が乗っている場所(タイヤ)とその移動、とりわけブレーキを抜くタイミングによる前輪荷重・後輪抜重の微妙なバランス、そして駆動力の柔らかい増減とそれが生むリア荷重の微増減などが、力学的にあるべき形で車両運動上体の変化となって現れたものであって、それが“決まった”時の充足感は、まさに「スポーツ」のそれだった。もちろん、その領域を垣間見るためには、操る側もスポーツとしての“正しい”イメージと不断のトレーニングが必要になるわけだが。そこもまた、自分を磨く目標が明確になったものだ。

改めて言うまでもないことだが、このタイヤサイズをもってすれば、ドライの舗装路面におけるコーナリング・アビリティは圧倒的に高く、コーナーを回り込むイメージに対応したスピードまできちんと車速を殺してからターンインのアクションを組み立てれば、その中から操舵に応じてぐいぐいと向きを変えてゆく。そのまま舵角を決めて一気に円を描く運動に持ち込めば、ごくふつうに0.5Gかそれ以上の求心加速度を全身で体感する旋回にまで達し、あり余るタイヤグリップの上でその横運動を破綻なく実現してみせる。とはいえ、この文章の最初に断ったように、それがほぼ誰にでも可能なのは「乾燥状態の舗装良路」に限られる。

この、強く回り込む動きの中からさらにもう少し旋回力を強めたい、描いている旋回円を小さくしたい、という時でも、まだ余裕を残しているフロントタイヤを切り増せば、ノーズの横移動、そのまま横Gのさらなる増大、とともにクルマがグイッと内に向く反応を引き出すことができる。問題は「そこから先…」と言いたいところだが、その先で挙動が破綻する、しそうになる状況ではESP(車両運動安定化支援)がドライビング・サポートに介入することで挙動変化を収めに行くはずである。

ライド・フィール

さすがにばねレートはかなり高く、ばね上共振周波数も体感で数えた範囲では2.5から3Hzに近いところにセットされている。タイヤケースの縦ばねも、フレックスゾーンが薄くたわみ量が限られている中で何とか動いている感触があり、もともとのトレッド面の硬さ、それが叩かれた時に発生する少しビリビリとした振動等を除けば(それは少し速度を上げて粗い舗装路面を通った時などでも入ってくる。おそらく50Hzに近いところと20〜30Hzぐらいの2パターンが感じられた)、市街地などの低速領域でも路面がある程度スムーズであれば、突き上げやばたつきをドライバーが意識することのないギリギリのところにライド・フィールを形づくる揺れのリズムを収めている。これだけのタイヤを履いているという条件の厳しさを考えると、ショックピークも、その後に続く上下揺れの速さと収束も、足腰のしっかりした乗用車だと、身体と頭脳の両方が受け止める範囲に収まっている。

その中にあって、減衰特性可変型のダンパーは、ガスによるばね反力的な感触が脚そのものの伸縮の中に入り込んでいるのではないか、という動きが、とくに上述の一般路をふつうに転がして行くような状況で、けっこう強く感じられる。主ばね系そのものの弾みとたわみ、戻りの動きに応じて、ダンパーはさすがに精度高く、フリクションも少なく、しかし腰の強い感じで伸縮動している。ただその中に、別のちょっと速いピッチのごく小さな上下揺れが乗ってくる。これはタイヤの縦ばね特性による可能性もあるが、ダンパーのモードを「スポーツ」にすると初期の動きがかなり強く締るのに加えて、この小さな上下揺れが前面に現れてくるので、ダンパ〜に封入されているガスのばね効果かな、と推測した次第。

いずれにしてもこのダンパーの「スポーツ」モードは、タイヤの接地面圧変動が、一般的な粗さや凹凸が現れる舗装路では大きくなる方向であり、これもいつものことではあるけれども、日本の(欧米でも)公道で出会うワインディングロードのレベルであれば、ダンパーのモードは「ノーマル」で通すことになる。「スポーツ」はスムーズサーフェスの舗装、ドライ状態で、高いG領域を常用する、つまり車体の慣性力がばね系を安定した荷重で押さえ続けられるような状況での走りに特化している、と理解したほうがよさそうだ。逆に「ノーマル」がカバーする領域はかなり広い。これだけのタイヤと主ばね、車体の荷重に対して、ストロークの動き出し初動のところからある程度の減衰をリニアに立ち上げ、無駄な揺れ、ロール&ピッチを抑制し、しかもタイヤの路面当たりが突っ張らないように仕立ててある。しかも脚の伸縮が速く、深くなったところでは、きちっと車体側の動きをおさえこむ。だから「ノーマル」で中高G旋回領域でも対応でき、かつその中でタイヤが路面の凹凸を踏んだ時にも接地面荷重の抜けが少ない。ストロークする動きと速さに合わせて減衰力を連続的に、かつ精密に可変できるダンパーをまず選ばないと、ここまでの仕上げはできない。

「991系と比べて」の話に戻ると、フロントは明かに転舵軸まわりのモーメント変動がかなり小さくなっている。ステアリングを押さえている中で(直進でも旋回でも)ふらつきが出なくはないが、保舵している手が押えきれないようなふらつきが出たり、タイヤが転動しつつ描くラインが横ずれするほどのものではない。リアも、横力発生の効かせ方に特徴はあるにしても、そのタイミングやリズムはほぼ一定であって、何かがバラバラに変位したりする感触はほぼない。

ということは、先ほど推測したような静的なジオメトリーの設定はもちろん、動的なジオメトリー変動、別の表現をするならアライメント剛性を高めて、各方向からの入力に対して車輪の3次元位置の中でもそれぞれの瞬間の運動に乱れを起こす要素をいかに”動かない”ようにするか、相当苦心したのではないかと思われる。フロントの車輪保持剛性を高めることは、何度も触れている進路保持の精度に、リアの車輪保持剛性は車両運動の一定性や動きの中の落ち着きや収まりに現れてくるのであって、その視点から考えると、サスペンションリンク分割・各方向分離支持のいわゆるマルチリンク・レイアウトは、ちょっとしたことで各方向に大きな力を出し、横とねじれのたわみが小さいウルトラ・ワイド&ロー・プロファイルのハイグリップタイヤとの相性は決して良くはない、ということにもなるのだが。

そうしたタイヤを履きながらも、そこからの入力に対して動かしたくないところは止めておく、というところを何とかまとめ上げてきた。それがこの992型の最大の改善点かもしれない。

車両運動としては、ごく当たり前の領域の、それも直進近傍、あるいは横運動の入り口の話なのだが、少なくとも、クルマと付き合う時間の距離の99.9…%はそうした領域であって、ライド・コンフォートも含めたこの領域でのリファインに、ポルシェの人々は、ずいぶん腐心したのではないだろうか。言い換えれば、そこが(スポーツカーらしさ)を薄めていると言う見方もできなくはないが、本来はそうでは無いはずである。しかしこのレイアウトとこのデザインとこのタイヤで平均値以下のドライバーであっても安全に乗れる車を作ろうとすればこうならざるを得ないとも思う。

その反面では、どんなスポーツでもそうであるように、「力いっぱい、手具を振り回す」ことがそれぞれのスポーツの真髄では必ずしもない。強い力で、大きな動きを作る中でも、じつは微細なデリカシーがあってこそ、なのであり、そのデリカシーにさらに集中して、ごく微妙な、小さな動きを正確に演じることこそ達人の領域。その修練を積む中で、それぞれのスポーツの真髄が身体に中に染み込んでゆく。ドライビングもまた、その例外ではないのである。